日本大学山岳部・桜門山岳会

ヒマラヤでは、1953年の日本山岳会マナスル登山隊から日本山岳会エベレスト登山隊1970、日本山岳会チョモランマ登山隊1980等にも多くの会員を派遣し日本の登山界にも、大きな貢献を残してまいりました。

ネパール・ヒマラヤのヒマルチュリ南稜初登攀は壮絶な登攀が繰り広げられ、1981年と1986年2度の挑戦でその頂を踏み、当会最大の課題を解決しました。

創部70周年事業として、エベレスト最後の課題、北東稜登攀の計画が進められ、1995年5月11日、世界で初めて登頂に成功しました。この記録は、ハイビジョンカメラで撮られ、NHKスペシャルで放映。登山隊は、朝日スポーツ賞を受賞しました。高所医学、放射線学、気象学、雪氷学、環境学などさまざまな学術研究も行われています。

2004年は創部80周年を迎え、日大本部で行われた記念式典では国内外から多くの参加者があり、記念誌「日本大学山岳部八十年の歩み」 【全頁pdf(167.90MB)】が刊行されました。

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桜門山岳会(OB会)の活動報告

 

顧問/監督 氏名/出身学部 勤務先/海外登山歴
顧問 嶌田 聡 工学部教授
ペルーアンデス、ワスカラン峰登頂、カナディアンロッキー、アサバスカ峰登頂、テンピークス峰登頂、エディスキャベル登頂、他

  • 日本アルパインガイド協会 アルパインガイド
  • 日本山岳ガイド協会 山岳ガイド
監督 大谷 直弘
文理(S54入部)
会社員
ヒマルチュリ(’81) カンチェンジュンガ(’84)
コーチ 氏名/出身学部 現住所/勤務先/海外登山歴
ヘッドコーチ 賀来 素直
経済(H24入部)
千葉県四街道市
ガイド
ネパール・メラピーク、アメリカ・ヨセミテエルキャピタン
コーチ 斉藤 大輔
法( H3入部)
埼玉県川越市
会社役員
コーチ 横山 裕
文理(H22入部)
東京都目黒区
会社員
ネパール・メラピーク、インドザンスカール
コーチ 宝迫 哲史
商(H24入部)
神奈川県藤沢市
会社員
インドザンスカール
コーチ 國谷 良介
生産工(H28入部)
山梨県甲府市
コーチ 高橋 佑太
法(H28入部)
長野県諏訪市
コーチ 福島 端流
文理(H28入部)
東京都町田市
公務員
中国・青海省崗什卡山峰、インド・ザンスカール
コーチ 村上 洋道
生産工(H29入部)
神奈川県茅ヶ崎市
中国・青海省崗什卡山峰、インド・ザンスカール
コーチ 米山 未羽
商(R1入部)
千葉県習志野市
年度 春山合宿 冬山合宿 備考
1924 日大山岳部創部
1925 大学による公認
1926
1927
1928 白砂山と野反湖 針ノ木大沢小屋
1929 吾妻山一切経 針ノ木大沢小屋
1930 弥陀ヶ原 白馬岳
1931 白馬岳 槍から涸沢岳 白馬で木代不二夫遭難
1932 南岳・奥穂高岳 北穂高岳
1933 立山 剱岳八ッ峰1・2峰
1934 池ノ谷から剱岳 熊の湯スキー合宿
1935 谷川岳 熊の湯スキー合宿 池ノ谷は積雪期初完登
1936 剱岳生活 富士山頂天幕生活 2月の横手山で浅倉遭難
1937 剱岳生活 富士山頂幕営
1938 穂高岳 西穂高岳
1939 剱岳生活 穂高(岳沢)生活
1940 岳沢~天狗コル~槍極地法 穂高生活 前穂4峰で入来、上関遭難
1941 飯豊山極地法 熊の湯スキー合宿 12月8日日米開戦
1942 八ヶ岳 穂高岳沢生活
1937 剱岳生活 富士山頂幕営
1943 穂高生活 [合宿中止] 戦争激化のため休部
1944 [合宿中止] [合宿中止]
1945 [合宿中止] [合宿中止] 8月15日終戦
1946 戦後最初6月谷川岳 熊の湯スキー合宿 新学期より体育部再出発
1947 熊の湯スキー合宿 穂高岳
1948 穂高横尾生活 遠見尾根生活 剱ニードルで伊地知遭難
1949 遠見尾根~鹿島槍 万座スキー合宿
1950 剱岳生活 北鎌~北穂極地
1951 剱岳生活 奥又~槍(前穂東壁)
1952 天上平生活 穂高岳沢生活 平林、小金井雪庇踏抜ケガ
1953 志賀スキー合宿 五竜岳 石坂第一次マナスル参加
1954 剱岳生活 万座スキー合宿 11月富士で8名雪崩遭難
松田マナスル参加
1955 遠見~唐松生活 遠見尾根生活
1956 剱岳西面生活 穂高白出谷生活 千谷、松田マナスル参加
平山第一次南極参加
1957 穂高白出谷生活 剱岳小窓尾根生活 7月源治郎で高橋計助遭難
平山南極参加
1958 剱岳生活 穂高横尾生活 12月26日ザイテングラードで菊池、中村雪崩遭難
1959 25 0 25 妙高笹ヶ峰 妙高笹ヶ峰
1960 26 0 26 剣岳 穂高連峰横尾尾根
1961 24 0 24 黒部源流 の山々 頸城山塊
1962 24 0 24 剣岳北方稜線 南アルプス縦走 ムクトヒマール
1963 24 0 24 室堂 明神主稜~奥穂高岳 春山学生最初の海外登山
1964 18 0 18 妙高笹ヶ峰 鹿島槍~スバリ岳西面 夏山BC内蔵ノ助に移動
1965 15 0 15 黒部平小屋生活 西穂高岳 ・越後 第1次グリーンランド
1966 19 0 19 北海道中央高地 槍ガ岳 第2次グリーンランド
1967 23 0 23 日高山脈と北ア縦走 北尾根~穂高岳
1968 27 0 27 黒部源流と北ア横断 笠ガ岳~槍ガ岳 グリーンランド横断
1969 17 0 17 [合宿中止] 穂高連峰 学園紛争終結授業再開
1970 18 0 18 剣岳北方稜線 飯豊連峰 シタ・ツツラ初登頂
1971 15 0 15 宇奈月~西穂高岳縦走 北鎌尾根
1972 13 0 13 吾妻連峰 妙高
1973 12 2 14 知床半島 白山
1974 10 3 13 尾瀬スキー合宿 後立山連峰 マッキンリー、ヤルン・カン
1975 13 2 15 尾瀬スキー合宿 谷川岳
1976 15 0 15 知床半島 白山
1977 18 2 20 南アルプス全山縦走 白山 台湾
1978 27 2 29 南アアルプス小西俣 後立山連峰・越後連峰・八ガ岳 日本人初北極点到達
1979 26 2 28 日高山脈全山縦走 越後連峰
1980 15 2 17 白馬岳~燕岳 白山全山 中山マッターホルン北壁
1981 16 0 16 北方稜線・黒部横断 南アルプス全山分散 第1次ヒマルチュリ南稜
1982 12 1 13 知床半島全山縦走 北鎌尾根~西穂高岳
1983 9 1 10 北海道中央高地全山縦走 剣岳早月尾根
1984 7 1 8 戸隠ダイレクト尾根 硫黄尾根
1985 6 1 7 立山~剣岳縦走 北海道日高連峰北部 クスムカングル
1986 5 0 5 海谷山塊 明神岳主稜 第2次ヒマルチュリ南稜
1987 5 0 5 後立山連峰 北鎌尾根
1988 11 1 12 [合宿中止] 五竜岳 廃部寸前から2桁部員入部
1989 14 1 15 白山 剣岳早月尾根
1990 18 0 18 北海道中央高地
ネパール・アイランドピーク
越後連峰
1991 19 1 20 黒部横断・北方稜線 越後連峰中ノ岳集中 パミール登山隊
1992 20 3 23 南ア全山縦走 槍ガ岳
1993 21 4 25 後立山・表銀座 鹿島槍
1994 23 5 28 利尻岳北稜 南アルプス マッキンリー、チョ・オユー
1995 27 4 31 知床縦走・横断 槍ガ岳集中 エベレスト北東稜初完登
1996 9 0 9 頸城山塊・中央アルプス 白山 空木岳で斎藤伸司遭難
1997 9 1 10 南アルプス 剣岳早月尾根
1998 10 1 11 穂高岳 北鎌尾根~横尾尾根
1999 7 1 8 南アルプス 南アルプス北部
2000 8 0 8 ネパール・メラピーク 越後連峰
2001 6 0 6 池山尾根~空木岳 越後連峰
2002 9 0 9 上越足拍子岳 槍ガ岳
2003 10 0 10 南ア南部縦走 南ア塩見岳
2004 南ア鳳凰・甲斐駒 南ア甲斐駒・仙丈 創部80周年
2005 8 2 10 霞沢岳 蝶ガ岳
2006 10 1 11 甲斐駒ヶ岳 八ガ岳蓼科~編笠
2007 8 1 9 南ア鋸・甲斐駒 蔵王
2008 3 0 3 越後連峰 槍ヶ岳中崎尾根
2009 7 0 7 笠ヶ岳 八ヶ岳
2010 4 0 4 笠ヶ岳~槍ヶ岳 燕岳~蝶ヶ岳
2011 7 0 7 実施せず 北鎌尾根~中崎尾根
2012 9 1 10 笠ヶ岳敗退 中房温泉~燕山荘
2013 南ア鳳凰三山、甲斐駒、仙丈 南ア鳳凰三山
2014 剣岳早月尾根敗退 剣岳早月尾根敗退
2015 北ア横尾尾根~槍ヶ岳 槍ヶ岳中崎尾根
2016 南ア縦走
(仙丈~大無間)
剱岳早月尾根
2017 加賀白山(念仏尾根) 槍ヶ岳中崎尾根
2018 15 2 17 大雪山
(中央高地全山縦走)
南ア三伏峠~小河内岳
2019 15 2 17 新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け中止 槍ヶ岳
(中崎尾根)
2020 8 2 10 新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け中止 新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け中止
2021 9 1 10 新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け中止 新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け中止
2022 8 2 10 常念岳 蝶ヶ岳

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